【祭礼日】10月1~5日
【場 所】北野天満宮(京都市上京区馬喰町931)
【日 程】1日[神幸祭]9:30(出御祭=北野天満宮)、13:00(神幸列出発=北野天満宮)、16:00(着御祭=御旅所)、16:30(鈴舞・田舞=御旅所)、2日10:00(献茶祭=御旅所)、3日15:00(甲御供奉饌=御旅所)、4日[還幸祭]10:00(出御祭=御旅所)、13:00(還幸列出発=御旅所)、17:00(着御祭=北野天満宮)、5日15:30(后宴祭・田舞=北野天満宮)
北野天満宮の「瑞饋祭(ズイキマツリ)」は五穀豊穣を感謝する祭りで、御旅所に奉安される神輿の屋根を里芋の茎であるズイキ(瑞饋)で葺くことからその名が付いたといわれます。
平安時代の昔から西ノ京を中心にした社家の家々では自作の新穀・野菜・果実などに草花を飾りつけて北野天満宮の神前に供えていましたが、やがて供物を二本の丸太に載せて献上するようになり、慶長12年(1607年)から現在のように神與の形となって神前に供えるようになったといわれます。
今回は、御旅所で奉納される「鈴舞」「田舞」も見学したかったので、初日の「神幸祭」午後の部を見学しました。
「出御祭」は午前中に終わっているので、本殿前の祓所(ハラエド)で神幸行列に参加する方々が横一列に並び神職のお祓いを受けると、神幸行列はすぐに出発します。
獅子舞を先頭に松鉾・梅鉾・錦蓋・菅蓋・3基の鳳輦(ホウレン)などに随従する百数十人が行列を組んで、西ノ京の北半分を2時間半かけて巡幸し、最後に御旅所に到着します。
境内参道で八乙女・稚児裃・汗衫(カザミ)女児・水干(スイカン)男児などを見学している間に行列は先に進んでしまったので、行列は見学せずに瑞饋神輿が安置されている御旅所に向かいます。御旅所は北野天満宮の1.6Kmほど南にあり北野中学校のすぐ近くです。
瑞饋神輿は大小の2基あり、小さい方は西ノ京地区から出されたものです。昔は、西ノ京をはじめ大將軍・紙屋川町・上七軒などの町内から8基も出ていたそうです。
瑞饋神輿は屋根をズイキで葺くだけでなく、4本の柱・四隅に付ける瓔珞(ロウラク)・鳥居・高欄などの本体と飾り一切を、赤茄子・五色唐辛子・千日紅(センニチコウ)・金盞花(キンセンカ)・トウモロコシの皮や毛・九条ネギや南瓜の種・海苔・昆布などの野菜・花・海産物などで作っています。
大きな神輿の前後左右の4面には、動物や物語を表わすそれぞれ2種の細工物を添えています。これは毎年変えているそうで今年は、黒田節・えびすさん・天神さん・ワニ・因幡の白兎・カチカチ山などです。
待つこと2時間、ようやく神幸行列が御旅所に入ってきました。「着御祭」神事の後、八乙女による鈴舞・田舞が奉納されます。
八乙女は、巫女装束に赤・黄・白の花で飾った前天冠を被り、白化粧した顔に紅を差し高眉(タカマユ)を施しています。
鈴舞は、右手に鈴を左手に扇を持って横一列になって歌に合わせて鈴を振りながら舞います。田舞は、千早(チハヤ)を脱いで赤の襷を片掛けして2列になったり輪になったりして歌と笛に合わせて手踊りで舞います。八乙女の舞が終わると今日の神幸祭行事は終わります。
神幸の一行をお祓いする 八乙女
稚児裃 汗衫女児
水干男児 御鳳輦
瑞饋神輿(本社) 瑞饋神輿(西ノ京)
鈴 舞 田 舞