神幸祭(新日吉神宮)

【祭礼日】5月第二日曜日
【場 所】新日吉神宮(京都市東山区妙法院前側町451-1)

【日 程】12:00(神幸出立祭=新日吉神宮)、12:30(馬場御供=鳥居前)、13:00~17:00(巡幸)、17:30(還幸祭=新日吉神宮)

新日吉(イマヒエ)神宮拝殿で神幸出立祭を行った後、新日吉神宮祭神の神霊を移した御鳳輦(ゴホウレン)が鳥居前の馬場に曳き出され「馬場御供」が行われます。

【馬場御供】御鳳輦に献餞した後、新日吉神宮神職の祝詞奏上と妙法院門跡による読経が行われます。神仏習合の儀式ですが、元々幕末までは妙法院門主が新日吉社(1959年新日吉神宮に改名)別当を兼ねるなど新日吉神宮と妙法院とは密接な関係があったそうです。

【行 列】馬場御供の儀式の後、渋谷(シブタニ)通から、振り鉾・触れ太鼓・猿田彦神輿・幸御鉾・大榊・神宝・獅子2頭・荷太鼓(ニダイコ)・荷鉦鼓(ニショウコ)・雅楽・御鳳輦・神職の順で、行列を組んで各氏子町を巡幸します。

【振り鉾】新日吉神宮では剣鉾を振り鉾と称するそうで、長さ5~6mの振り鉾が行列の先頭を進みこれを要所で直立して上下に振り、鉾に付いている鈴(リン)を鳴らします。これを鉾差しといい御鳳輦の進む前を清めます。

新日吉神宮には江戸時代の寛政年間(1789~1801年)御所から賜わった7基の振り鉾があり神幸祭に巡幸していましたが一旦中断しました。2010年に6番鉾の十禅師御鉾の巡幸を約50年振りに復活し、その後1番鉾の大宮御鉾の巡幸も復活し現在では2基が並んで巡幸しています。

茶屋町の方広寺からは稚児行列が加わり巡幸の最中に稚児が厄除けの粽(チマキ)を配って歩きます。また台車に載せられた白幣付きの大榊の付き人が、榊の枝を折って氏子の方々に配って歩きます。このため大榊はどんどんと痩せて細くなり鴨川の正面橋を渡る頃には僅かな枝しか残っていません。

巡幸中、4ヶ所で神事が行われます。5人の雅楽奏者が奏する中、道路中央に停めた御鳳輦に献饌した後、神職が祝詞を奏上し氏子代表者が玉串を奉奠します。3ヶ所目の下三之宮町での供奉町神事が終わったところで見学を中断し、京阪電車に乗って帰途につきました。

 

                      馬場御供                 十禅師御鉾(左)・大宮御鉾(右)

 

十禅師御鉾(左)・大宮御鉾(右)                    猿田彦神輿           

 

幸御鉾                                     大  榊

 

御鳳輦                                     獅 子

 

  粽を配る                                  大榊を配る

 

荷太鼓と荷鉦鼓                               供奉町神事

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