【祭礼日】4月14日
【場 所】前川神社(三方上中郡若狭町北前川61-11)
【日 程】8:00(神輿渡御)、13:00(村立ち)、13:20(宮入り)、14:20(馬場揃い)、14:40(神事・直会)
前川神社は、大同元年(806年)近江国の日吉社より勧請して創建された古社で、氏子域は北前川(マエガワ)・南前川(谷内・野々間)の3集落となっています。
創建時は野々間だけの神社でしたが、最初に北前川に神事講の一部が分け与えられ、続いて谷内にも神事講が与えられ、現在は3集落が共同して「例祭神事」を行っています。
例祭当日は早朝から神輿が氏子域を巡幸し、各集落の当屋で村立ちの儀式が行われた後、午後から榊幣を先頭にして、「ショット」・「ミコリカキ」・「幣差し」・大御幣・「マコモ(真菰)」・唐櫃・警護役などが行列を組んで神社に向けて出発します。
ショットは、猿の装いとして赤の袖なし半纏を着け、額に赤・白・黒の三筋を横に引く1~2才の男児で、神様の使いとされています。古来より日吉社では魔除けの象徴として「神猿(マサル)」が大切に扱われています。神猿は「魔が去る」「勝る」に通じるといわれています。
ミコリカキは、黒紋付着物姿に頭に供物を載せる布を置く女児で、人身御供の名残とされています。供物は、黒紋付着物姿の介添え役の女性が頭上に捧げています。ミコリカキは、野々間の行列にいる1人だけです。
幣差しは、素襖(スオウ)姿に侍烏帽子(サムライエボシ)を被る男児で大御幣を持つ役ですが、実際には裃姿の介添え役が大御幣を持ちます。
集落の行列は、野々間・北前川・谷内の順で時間をおいて宮入りし、鳥居から参道を少し進んだところに設けられたそれぞれの「神饌台」の上にマコモの束を横に置き、その上に大御幣を立てます。
3集落の行列が揃うと、裃姿の3集落の主・脇当屋6人が白足袋裸足で正座し「本日は春まつりでおめでとうございます」と挨拶を交わします。
その後、野々間・北前川・谷内の順で行列を組んで本殿に参進し、大御幣・鏡餅・「大キョウ」・「小キョウ」などの神饌を本殿に供えます。大キョウ・小キョウは、蒸した米をマコモや藁で包んだものです。
本殿回廊には、行列が到着する前から黒紋付着物姿に角隠しを付けた「嫁さん」役と着飾った女児が座っています。本殿での神事が終わるまでその位置に座ったままです。その役割がよく分かりません。
献饌が終わると、ショット・ミコリカキ・幣差しとそれぞれの介添え役が本殿大床に昇り、宮司が祝詞を奏上します。最後に、宮司から主・脇当屋の皆さんに御神酒が拝戴されます。
神社へ向かう行列(野々間) 大御幣とマコモを神饌台に置く
幣差しとミコリカキ(野々間) 宮入りする行列(北前川)
神輿が還御する 馬場揃い
本殿へ向かう3集落の行列 本殿へ向かうショット・ミコリカキ
お嫁さん役 餅・大キョウ・小キョウを本殿に供える
幣差しとショット 御神酒拝戴