名越神楽(名越公民館)

【祭礼日】10月第三土曜日
【場 所】名越公民館(新城市名越(ナコエ)字広貝津1)

【日 程】19:00(獅子舞悪魔祓い)、20:30~21:00(名越神楽)

「名越(ナコシ)神楽」は、明治時代の初めに古い獅子頭が発見されたことから獅子舞神楽を復活させようとして始まり150年の歴史があるといわれ、六社神社例大祭の行事の一つとして名越公民館の舞台で舞われます。

名越神楽は、江戸時代中期に初演された人形浄瑠璃「芦屋道満大内鑑(アシヤドウマンオオウチカガミ)」の第四段保名(ヤスナ)住家の段(子別れの段)を題材とした獅子芝居で、「子別れの段」のあらすじは次の通りです。

『朱雀(スザク)天皇(在位930~946年)の御代、河内国阿倍野の豪族「阿部保名(アベノヤスナ)」は、許嫁の「榊の前」天文暦道家の加茂保憲の養女)が、保名とともに無実の罪に問われ自害したことを苦に気が狂い、迷い込んだ和泉国信太(シノダ)の森で狐を助けます。

その狐が榊の前の妹とそっくりの「葛の葉」に変身して、保名の狂気を癒し二人は結婚して男子を生みます。そこへ、本物の葛の葉とその両親である信太庄司夫婦が訪ねてきたので狐の葛の葉は観念して、保名らの愛着を断ち切ろうと狐の姿に戻って消えてしまいます。

狐の葛の葉がいた部屋の障子に「恋しくば 尋ね来てみよ 和泉なる 信太の森の うらみ葛の葉」という歌が書かれてありました。』

阿部保名と狐の葛の葉との間に生まれた男子が、後の陰陽師(オンミョウジ)「阿部清明(アベノセイメイ)」であるといわれています。

獅子芝居では二人立ちの獅子舞を舞った後、人形の子供を背負った獅子が、舞台に立て掛けられた襖4枚に漢詩1首と和歌1首を手を使わず口に咥えた筆で書きます。しかも和歌の「尋ね来てみよ」は下から上に書き、「うらみ」は裏返しの文字で書きます。見事というほかありません。

「五言絶句」の漢詩は次の通りです。「一自恩承後 長重比翼襖 今愁人界別 亦至信田森」

襖に漢詩と和歌を書いた後、獅子は二人立ちの獅子に戻り胴幕を広げて舞います。

 

  獅子舞(悪魔祓い)                        獅子芝居の獅子 

 

狐の葛の葉が我が子を抱く

 

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    墨を補充する                         文字を下から上に書く

 

「うらみ」を裏返しに書く                       獅子芝居の獅子   

 
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