綾渡の夜念仏と盆踊り(平勝寺)

【祭礼日】8月10・15日
【場 所】平勝寺(豊田市綾渡町奥12)

【日 程】10日・15日とも19:00~20:15(夜念仏)、20:30~(盆踊り)

「綾戸(アヤド)の夜念仏」は新仏を供養するための曹洞宗寺院・平勝寺(ヘイショウジ)の念仏行事で、かつては旧暦の7月1日から17日まで、綾渡地区の15才から35才の男子による「若連(ワカレン)」が担当し行っていました。

1日は「地獄の口開け」で夜念仏の練習を始め、10日に平勝寺の観音堂前で一通りを演じ、13日から16日にかけては地区内外の新仏の家に出向いて夜念仏の和讃(ワサン)で供養し余興の盆踊りを披露し、17日には平勝寺境内で演じていました。

昭和35年(1960年)に「綾戸夜念仏と盆踊り保存会」が結成され、昭和43年(1968年)以降、八月盆(月遅れ盆)となり、8月10日の「施餓鬼会」と8月15日の「平勝寺本尊聖観音供養」に夜念仏と盆踊りが行われるようになりました。

夜念仏の一行は、境内にある集会所で身支度を整え参道入り口の「幟立て」に集合し、「香焚き」・「折子(オリコ)灯籠」・音頭取り2人・「側衆(ソバシュウ)」7~8人・折子灯籠の順で行列を組んで、鉦を打ち「道音頭」を唱えながら参道を進みます。

一行の衣装は、浴衣姿に黒の三尺帯を締め腰の背側に白扇を差し、白足袋に下駄を履き菅笠を被っています。香炉を両手で持つ香焚きのみ紋付羽織を着けています。音頭取りと側衆は鉦と撞木(シュモク)を手に持っています。

折子灯籠は、切子(キリコ)灯篭の四方に布を被せたようなもので、その上部には極楽の絵(前の折子灯籠)と地獄の絵(後ろの折子灯籠)が飾り付けてあります。

参道から山門下の石仏前に進みここで「辻回向(エコウ)」の念仏和讃を唱えます。石仏に向かって半円形に並び、香焚きが半円形の中央に立ち、半円形の両端に折子灯籠が立ちます。念仏和讃は、音頭取りが一句を唱え続いて側衆が全員で次の句を唱和します。

石仏前での辻回向を終えると、行列を組み直して「道音頭」を唱えながら山門に向かいます。移動するときは鉦を打ち道音頭を唱えながら進みます。

山門前で「門開き」の念仏和讃を唱えますが、この時、弓張提灯を持った平勝寺住職が現れ山門を挟んで相対します。門開きの念仏和讃を終えると山門を潜ります。

この後、半円形を組んで観音堂前で「観音様回向」、氏神神明社前で「神回向」、本堂前で「仏回向」の念仏和讃を唱えます。仏回向では住職も本堂で念仏和讃を唱えます。

夜念仏が終わり小休止の後、境内で折子灯籠2本を踊りの輪の真ん中に据えて盆踊りが行われます。昔は、念仏衆だけで踊っていたそうですが、現在はだれでも参加できるようになっています。

曲目は「越後甚句」「御嶽扇子踊り」「高い山」「娘づくし」「東京踊り」「ヨサコイ踊り」「十六踊り」「御嶽手踊り」「笠づくし」「甚句踊り」の10曲で、太鼓などの楽器なしで音頭取りの歌と下駄の踏み鳴らす音だけで踊るそうで、盆踊りの原型を思わせるものです。

予習不足で、普通の盆踊りだと思い見学しないで帰ってしまったのが悔やまれます。夜念仏とともに盆踊りも国指定の重要無形民俗文化財だということに気が付きませんでした。

 

  道音頭(参道)                          辻回向(石仏前)

 

門開き(山門前)

 

  観音様回向(観音堂前)                   神回向(氏神神明社前)

 

仏回向(本堂前)

 

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