若葉祭(牛久保八幡社)

【祭礼日】4月7・8日に近い土・日曜
【場 所】牛久保八幡社(豊川市牛久保町常盤164)

【日 程】土曜日〔宵祭〕15:30(行列八幡社出発)、16:30(行列天王社到着)、18:00(行列天王社出発)、20:00(行列八幡社到着)

日曜日〔本祭〕9:00(宮祭式典=八幡社)、10:00(大山車八幡社到着)、11:30(大山車稚児舞)、12:10(渡御八幡社出発)、14:10(天王社到着)、16:10(天王社出発)、18:50(八幡社到着)、19:30(神輿奉迎)、20:30(三ツ車神事)、21:00(解散)

牛久保の若葉祭(ワカバサイ)は牛久保八幡社の祭礼で、『戦国時代の一色城主牧野成時(シゲトキ)(古白(コハク))が、ある年の四月八日若宮殿(現牛久保八幡社)に参詣した時、駿河の領主今川氏親(ウジチカ)より馬見塚(マミヅカ) (現豊橋市)に築城を命じられ、喜んだ成時は社前の柏の葉で御神酒を献じて家臣と共に祝い、家紋を三ッ柏(ミツガシワ)に改めました。このとき、境内の若葉が照り映えているのを見て詠んだ成時の句「きのうけふ(今日) 若葉なりしか 杉の森」にちなみ、この祭を「若葉祭」と呼ぶようになりました。』(八幡社境内看板=豊川市教育委員会 より抜粋)

若葉祭は、隣村の熊野神社(現豊川市下長山町)に祀られている獅子頭を、四月七日に牛久保八幡社に迎えて八日に熊野神社へ送ることが中心行事とされていました。その後、氏子域の変化から獅子頭は八幡社から1Kmほど離れた天王社に祀られるようになりました。

このため現在では、宵祭に天王社の獅子頭を八幡社へ迎え、翌日の本祭に八幡社の神輿とともに天王社へ送ることとなっています。本祭での神輿渡御には、氏子域各組の組印である「ダシ」・「囃子車(ハヤシグルマ)」・「神児車(ミコグルマ)」・「笹踊り」などが随行します。ダシは、江戸時代の町火消が組の目印として用いた「纏(マトイ)」に似ています。

八幡社の氏子は上若(カミワカ)組・西若(ニシワカ)組・神児(ミコ)組・笹若(ササワカ)組の4組に分かれ、上若組と西若組はそれぞれ大山車(オオヤマ)と囃子車を出し、神児組は神児車を出し、笹若組は笹踊りを披露します。

新型コロナウイルス禍のため、若葉祭は3年連続中止となり今年4年ぶりに開催されました。今回は日曜日の本祭を見学しました。

9時半ころ八幡社に着くと、拝殿では宮祭式典が行われています。しばらくすると神社入口前の広場に上若組と西若組の大山車が曳き込まれ、2ヶ所に分かれ停め置かれます。

いずれも四輪二層構造・唐破風の屋根で、二層目の欄干中央から飾り布団を掛け、その右側には大太鼓が据えられています。上若組の大山車の方が少し小振りで、屋根の上には恵比寿人形が飾られ、西若組の二層目奥には大黒人形が飾られています。

【子供笹踊り・子供ヤンヨウ神】神社入口の鳥居下には子供笹踊りの一行がいます。踊り子2組6人と「ヤンヨウ神」と呼ばれる囃子方12人です。いずれも小学生です。

踊り子は、唐子衣装に菊紋と五七の桐紋を描いた黒塗りの陣笠を被り、胸に太鼓を付け両手に撥を持っています。大太鼓1人・小太鼓2人の3人1組で2組います。

ヤンヨウ神は、牡丹の花枝を描いた青地の半着に柑子(コウジ)色の腰紐を締め黒の股引を着け、頭に空色の手拭いと編み笠を被り、首に淡紅色の手拭いを巻いています。半着の襟には全員「年行司」と描かれています。ヤンヨウ神のうち2人は提灯を付けた笹竹を持っています。

笹踊りは江戸時代の将軍職が交代した際、その慶賀のために朝鮮から派遣された「朝鮮通信使」の影響を受けた踊りともいわれています。

笹踊りの踊り子2組が、上若組と西若組の大山車の前で太鼓を打ちながら、ヤンヨウ神の囃し歌に合わせて踊ります。

この時、大山車2輌の上でもそれぞれ「かくれ太鼓」が行われます。笹踊りの踊り子と同じ衣装を着けた中学生の稚児1人が、裃姿の遣い役に人形浄瑠璃の人形のように操られ、後ろに控える裃姿が奏する笛・締め太鼓の囃子に合わせて大太鼓を打ちます。

笹踊りが終わると、ヤンヨウ神の5人が2組に分かれて肩を組み、他の2人は並んで立ち、提灯を持つ2人も立って囃し歌を歌います。「さー実(ゲ)にもさー や んよー神も やんよー」の囃し詞で肩を組んだ5人は一斉に仰向けに寝転びます。寝転んだ5人は、他の2人に手助けされなければ起き上がらない決まりになっています。これを2回繰り返します。

ヤンヨウ神が終わると、上若組の大山車の上から餅・菓子・白手拭いが投げられます。撒く人はかくれ太鼓を行った2人の稚児と笛・締め太鼓の囃子方です。祭りが始まったばかりという朝の10時に餅投げが行われたことには驚きました。

 

子供笹踊りの一行(八幡社入口)                            子供笹踊り(八幡社入口)     

 

子供ヤンヨー神(八幡社入口)

 

大山車の上から餅投げ(八幡社入口)

【東勝寺での笹踊り】菓子撒きが終わり手持無沙汰にしていると、地元の方から「八幡社近くの東勝寺で間もなく笹踊りが始まる。笹踊りを見るならここが一番」と教えられ東勝寺に向かい、寺町会所から東勝寺に向かう笹踊りの一行に出会い、東勝寺での笹踊りを見学しました。

境内の看板によれば、東勝寺は400年ほど前に創立された曹洞宗の寺院で、本尊は笹踊りの囃し歌にもでてくる薬師如来座像です。

東勝寺では正装した住職が外陣に正座して笹踊りを見守ります。黒の半纏・紺の股引姿のダシ持ちが、衝き上げたダシを地面に立てて回転させる「衝き廻し」を行い、羽織袴姿の若衆2人が住職に来着の挨拶をした後、笹踊りが奉納されます。

青年3人の踊り子の衣装は、子供笹踊りと同じですが顔半分を赤の布で隠した正装です。ヤンヨウ神20人の衣装は子供ヤンヨー神と同じです。このうち2人は笹竹の提灯を持ち本堂側に立ち、他は踊り子を囲んで半円形になり囃し歌を歌います。

踊りが終わると、裃姿に警護竹を持つ4人・ヤンヨウ神全員が縦2列になり、石段を上り住職に挨拶をし寺を出ます。東勝寺での観客は私1人だけでした。

 

笹踊り(東勝寺)

11時半、宮入りする氏子4組を迎えるため、鳥居前に並び直された2輌の大山車の上でかくれ太鼓が演じられます。二人の稚児は大太鼓を打ったり、遣い役に支えられながら高欄から仰向けに身を乗り出したりします。

上若組・神児組・西若組・笹若組の順で宮入りし、それぞれ参道でダシの衝き上げ・衝き廻しをした後、参拝します。参拝の方法が独特で、羽織袴姿の7~8人が拝殿の石段前で横一列になり賽銭を箱に投げ入れた後、一斉に右足を石段に乗せ足を戻してから拝礼します。続く奉仕者も同じようにして参拝します。

 

大山車(左:上若組、右:西若組)                          かくれ太鼓(八幡社入口)     

 

上若組ダシ宮入り(八幡社)                                  上若組参拝(八幡社)   

【神児舞】神児組は拝礼の後、年行司に背負われた神児が拝殿に上がり神児舞を奉納します。神児は、赤の大袖・白の千早・赤の馬乗り袴姿に天冠を被り、手に鈴と金銀扇を持ち、頭に巻いた長い白の布の両端を背に垂らし、これに金銀の水引飾りを付けています。

舞は、三方(本殿と左右)に向かって舞い、拝殿入り口側には向きません。囃子は、大太鼓・締め太鼓・鼓2・笛2の6人です。

笹若組は、参道で笹踊りを奉納した後、役員・ヤンヨウ神の全員が縦2列になり参拝します。

 

年行司が神児を背負う                                          神児舞(八幡社)  

【神輿渡御】予定より少し遅れて12時半、獅子頭を天王社に送る神輿渡御が始まります。先導鉾・警護竹を持つ裃姿の役員20人・八幡宮提灯2本・獅子頭・榊台・塩振り・賽銭箱・八幡宮提灯2本・楽人10人(平太鼓・笙(ショウ)・篳篥(ヒチリキ)・笛)・神輿の順です。渡御行列が神社を出る時も大山車の上ではかくれ太鼓が演じられます。

渡御行列は、八幡社前の常盤通り・牛久保駅通り・千歳通りを経て天王社に入り獅子頭を返します。

 

 渡御行列(先導鉾)                                       渡御行列(獅子頭)

 

 渡御行列(楽太鼓)                                           渡御行列(神輿)

【うなごうじの由来】八幡社を最後に出るのは笹若組です。ヤンヨウ神10数人が、鳥居前の広場で肩を組み円陣になり囃し歌を歌い、「さー実(ゲ)にもさー や んよー神も やんよー」の囃し詞で仰向けに寝転がり、起こし上げられるのを待ち、起き上がると肩を組んで囃し歌を歌い寝転がります。これを4回繰り返します。

囃し歌は全部で16首あり、このうち7首は歌う場所がそれぞれ決められています。

冒頭で引用した八幡社境内看板によれば、『古白はじめ代々の城主は、若葉祭の時、領民の主だった者を城中に招いて酒食をふるまい、酒に酔った領民たちは帰る途中ごろごろと路上に寝ころんでしまいました。この様子を今に伝えているのが「ヤンヨウ神」の一行で、路上に寝ころぶ様子が「うじむし」に以ているところから、この祭は「うなごうじ祭り」とも呼ばれています。』とあります。

うなごうじは「尾長蛆(オナガウジ)」がなまったものといわれます。

大人のヤンヨウ神に続いて同じ場所で子供の笹踊りとヤンヨウ神の寝転がりが行われます。青年の笹踊りと大人のヤンヨー神は、旧代官所・介護施設ぬくぬく・寺町会所(笹若組)・笹子連会所などで笹踊りとヤンヨウ神の寝転がりをしながら天王社に向かいます。子供の笹踊りとヤンヨウ神は寺町会所前で披露した後、会所の中に入り休憩します。

 

笹若組ダシ(寺町会所前)            笹踊り(寺町会所前)

 

ヤンヨウ神(寺町会所前)

天王社境内の入り口に「牧野成定公廟(ナリサダコウビョウ)」があり、廟の前に敷かれた茣蓙の上で神児舞が奉納されます。神児は神児舞を1曲舞うと年行司に背負われて天王社の拝殿に入ります。この後ろから渡御行列が天王社に宮入りします。牧野成定公は、牧野古白の2世代あとの縁戚です。

その後、西若組・上若組・神児組・笹若組の順でダシが宮入りし、それぞれダシの衝き廻しをします。笹若組は、境内中央でヤンヨウ神が寝転がり、拝殿前で笹踊りを奉納します。

次に、拝殿で神児が神児舞を3曲舞います。舞を終えると神児は背負われて社殿を退出します。

その後、1時間ほど奉仕者全員が休憩した後、それぞれ順番に出立の挨拶を交わした上で、上若組・西若組・神児組・渡御行列・笹若組の順で天王社を出立し南大通り・常盤通りを経て八幡社に向かいます。笹若組は、牧野成定公廟前で笹踊りを奉納した後、渡御行列を追います。

 

神児舞(牧野成定公廟)                                      神児舞(天王社)  

【囃子車・神児車】南大通りの道行からは上若組と西若組の囃子車・神児組の神児車も随行します。囃子車・神児車は、いずれも四輪一層・高欄付きの吹き抜け構造で、上若組と神児組の屋根は唐破風、西若組は切妻です。

上若組と西若組の囃子車の最前列では黒紋付袴姿の男児2人が締め太鼓を打ち、後ろには着物姿の囃子方が三味線・笛・鼓を奏します。西若組の笛方は法被姿で欄干に座って奏します。囃子車の後部には大太鼓が据え置かれ、1人が仁王立ちになり大太鼓を打ちます。神児車では、大太鼓・笛・締め太鼓・鼓の囃子に合わせて神児舞が舞われます。

笹若組は、南大通り会所・裏町会所(神児組)・下中会所(西若組)などで笹踊りを披露します。17時半頃から囃子車・神児車の屋根の提灯に灯がともされます。

若葉祭では神社周辺の道路などに露店(屋台)は一切見かけず、代わりに祭りの行列が通る道路に面した地元の商店が、店の前に臨時の売り場を設け飲食物や玩具などを販売して祭りを盛り上げています。

 

神児車(神児組)

 

囃子車(上若組)

 

囃子車(西若組)

 

地元商店の臨時売り場

【三ツ車】すっかり暗くなった19時頃、囃子車・神児車が八幡社に近づくと、朝から八幡社入口の広場に停め置かれている大山車の上でかくれ太鼓が演じられます。上若組・西若組の囃子車は八幡社入口の広場には入らずその手前で停まりますが、神児車は広場に入り鳥居と向き合う位置に停まります。

20時、笹若組の一行が広場に入りダシと踊り子だけが鳥居をくぐり境内に入ります。広場に残ったヤンヨウ神が肩を組んで円陣になり囃し歌を歌い寝転がり、他の数人が起こし上げます。これを7回繰り返します。これと並行して神児車では神児舞が舞われます。ヤンヨー神が鳥居をくぐり境内に消えると、裃姿に警護竹・提灯を持つ牛久保大字総代・副総代・6区の区長など20人が鳥居と大山車の間に整列します。

次に、黒紋付袴姿に提灯を持つ2人が境内に入り準備完了を告げると、裃姿に警護竹と提灯を持つ正副の祭事長が広場に登場し、大山車の前に立ちます。続いて境内に入った笹踊りの踊り子とダシが鳥居前に整列すると、祭事長が「三ツ車神事」の開始を告げます。

最初に、上若組・西若組・神児組が大山車と神児車の前でそろってダシの衝き廻しをします。次に、笹若組が大山車と神児車の前でダシの衝き廻しをし、広場中央で笹踊りを踊ります。これと並行して、大山車ではかくれ太鼓が演じられ、神児車では神児舞が舞われ、広場は大いに盛り上がります。

21時前、祭事長の解散の合図で三ツ車神事は終わり、各組はダシを先頭にして囃子車・神児車とともにそれぞれの会所に向かいます。

 

三ツ車(大山車かくれ太鼓)                                    三ツ車(神児車)      

 

   三ツ車(総代・区長等の役員)                        三ツ車(各組のダシの衝き廻し)

 

   三ツ車(神児舞)                                         三ツ車(笹踊り)

<笹踊り囃し歌>

馬場先の千本松は

 西東の名所よー  西東の名所よー

 さー実にもさーや んよー神もやんよー

いざよ参ろうよー

 若宮へ参ろうよー 若宮へ参ろうよー

 若宮へ参ったら

 福の神をもらうだよ 福の神をもらうだよ

天王の御神体は

 薬師の十二神とあらはれた(東勝寺に於いて)

八幡の先立は

 白鳩を迎えろ 白鳩を迎えろ(八幡社入口に於いて)

当所氏神は

 二柱の御神とあがめ奉る あら神八幡にてまします(八幡社に於いて)

丑の年の

 丑の月日に始まりて 牛久保と名をつけた

二七六さい

 毎市も栄えろ 毎市も栄えろ

千早経る

 神の生垣に 松植えて

 久しき名所と目出度よ 久しき名所と目出度よ

牧野様の

 御城姿は白袴白袴(共栄湯前後に於いて)

    (以下省略)

祭りの栞(トップ)

 

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