烏呼神事(津島神社)

【祭礼日】2月第四日曜日
【場 所】津島神社(津島市神明町1)

【日 程】14:00~15:00

津島神社の「烏呼(カラスヨビ)神事」は、津島神社の古殿地といい伝えられる屯倉村 (現在の稲沢市平和町三宅) から津島神社へ神饌を奉納する「屯倉供祭(ミヤケクサイ)」と、神様に穀物を運ぶとされる鳥に食べ物を献上し五穀豊穣を祈る「烏呼」が一つになった神事といわれます。かつては旧暦1月26日に行われていましたが、現在は2月第四日曜日に行われています。

例年であれば式典当日、三宅社宮司、三宅(上三宅・中三宅・下三宅・観音堂)の4区長、「一時上臈(イットキジョウロウ)」と呼ばれる巫女4人、里人などが「奉納三宅村御料」と描かれた幟を持ち神饌を入れた唐櫃(カラビツ)を担いで津島神社に詣でますが、新型コロナウイルス禍のため3年連続して今年も三宅地区からの来社は三宅社宮司と区長4人だけに縮小して式典が行われました。

一時上臈は、一般の子女が巫女としての格式をもち、津島神社に昇殿して奉仕する栄誉に浴することからその名がつけられ、現在では三宅小学校の少女が務めています。

式典の始まる30分ほど前に神社に着くと、すでに本殿の八足台(ハッソクダイ)には神饌が置かれています。一番手前には烏に与えるとされる「強飯(コワメシ)」を山盛りにした三方(サンボウ)が置かれています。強飯は餅米と少量の黒豆を蒸したものです。

時間になると、津島神社の神職4人が列を組んで社務所から楼門をくぐり本殿に参進します。神職が式典参列者を大幣(オオヌサ)と塩水でお祓いした後、水玉と瓶子(ヘイシ)の口を開け献饌の所作をし、宮司が祝詞を奏上します。三宅から来られた宮司は幣殿の左側に控え、宮司に続いて祝詞を奏上します。

本来ではこの後、一時上臈の少女による巫女舞が奉納されるのでしょうが今年は省略されます。祝詞奏上が終わると神職2人が三方に載せた強飯を捧げ持って本殿を出て、本殿脇の中庭から本殿の屋根上に向かって握り固めた強飯を「ホーホー」と烏を呼びながら2回投げ上げます。続いて本殿隣にある「八柱社(ヤハシラシャ)」の屋根上にも「ホーホー」と烏を呼びながら強飯を2回投げ上げます。

あっという間に終わってしまいます。あとは烏が屋根上の強飯を食べてくれるのを待つだけのようです。

続いて玉串奉奠が行われ、水玉と瓶子の口を閉じる撤饌の所作が行われて式典は終わります。

津島神社の烏呼神事と同じように烏を呼びながら神社社殿に御供えを投げ上げる儀式は、名古屋市内にある御田神社(熱田神宮内)の祈年祭(3月17日)と新嘗祭(10月17日)の中でそれぞれ「烏喰(オトグイ)の儀」として行われています。

 

神職が楼門から本殿へ参進する

 

三宅地区の参列者をお祓いする                                宮司が祝詞を奏上する     

 

    神饌(手前が強飯)           神職が強飯を捧げ持って本殿を出る

 

神職が強飯を八柱社の屋根上に投げる(強飯は赤丸の中)

 

屋根上の強飯(強飯は赤丸の中)                     玉串奉奠     

    

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